更新日:2024/07/11
わが家に引退盲導犬インテルが来たのは一昨年の12月のことだった。
体長約1メートル、体重27キロ、全身真っ黒なラブラドール・レトリバー。
「ウワー、大きいね!」私は一瞬後ずさりした。
「かわいいなあ~」目を細めて抱きついたのは夫だった。
この日から11歳7ヶ月の大型犬が家族の一員となった。
この子をひき受けてほしいと言われた時、母と娘、私たち女性陣は猛反対だった。
「盲導犬ってすごく神経を使って仕事するので、寿命が短いんですってね。平均寿命14.5歳のワンちゃんを預かるということは、老犬介護を引き受けるということでしょ? そう遠くない将来に別れも来るということだよね。」
私はこのような大変な事を引き受けられないと思ったし、ドッグランを経営している妹夫婦も反対した。
「だいたい、引退した盲導犬を引き取りたい人は盲導犬協会に登録していて、そういう人が何十人も待っているはずだよ」
義弟の言う通り、そういう仕組みになっているらしい。しかし「どうしても飼いたい!」と夫は踏ん張った。そうしてインテルはわが家に来ることになり、大人しくて賢いこの子はすぐわが家に馴染んでくれた。
先日、夕方の散歩の折にある出来事に遭遇した。
白い杖を持ち、白いラブラドールを連れた方が道の反対側を歩いてきた。トントンと杖で行く先を確かめながら、まだ若く見受けられる男性は、左側に寄り添う犬と歩調を合わせている。
するとそれに気づいたインテルは立ち止まり、じっとその犬の方を見つめた。そしてその盲導犬がはるか向こうの信号機の先に見えなくなるまで動こうとしなかった。
インテルの胸の内には、自分が盲導犬だったころのことが去来していたのだろうか。それとも、主人に付き添って働いている仲間にエールを送っていたのだろうか。
ほんのりと赤く染まった夕暮れの空には、生まれたばかりのような細い三日月が浮かび、光っていた。立ち尽くすインテルの姿は神々しく私の目に焼きついた。縁あってわが家に来てくれたこの命が果てる日まで、しっかり寄り添っていこうと思った。
プラムフィールド会員 窪田由佳子